喜嶋先生の静かな世界 The Silent World of Dr. Kishima

喜嶋先生の静かな世界 (100周年書き下ろし)

喜嶋先生の静かな世界 (100周年書き下ろし)

読了。

数学の問題には、必ず解答がある。解きやすい道筋があって、そこを辿れば、これが正しいものだよというゴールが華々しく飾られ用意されているのだ。それは、遠くから眺めても最初から光っているから、虫のように本能的に、ただ明るい方向を目指して進めば良い。そういう意味では、数学の問題を解くことは極めて昆虫的だった。あれは考えてるというよりは、おびき寄せられていただけなのだ。


泣いた。
なんだこれ……。やはり森博嗣はすごい。切ないという感情をもたらす小説はいくつもあるでしょうし、実際いくつも読んできましたが、この類の切なさは初めて。というか、これは森博嗣にしか書けない類でしょう。こんな、こんな体験ができるんだから、やはり小説というものはやめられません。
物語は、第一章、第二章、第三章と、大学の研究室に入った主人公が、院に行き、研究をしていく……という、森博嗣が幾度となく選んできたシチュエーションで進みます。このあたりはいつもの森博嗣。特に何もしていないのに異性に好かれてしまうのもいつもの通り。ま、それは置いといて……。
この本では学問に焦点が当たっています(上記の引用のように)。ざっくり言うと、研究をすることの意味、不安、そして面白さを描いていきます。その学問の深遠さ、奥深さを感じ、そして主人公の指導をする喜嶋先生の研究者としての凄さを読んでいくことで、きっと私と同じ感想を抱くことになるでしょう。



341頁「一日中、たったひとつの微分方程式を睨んでいたんだ」 という言葉、かつてMORI LOG ACADEMYで書いていた覚えがありますが、そのときは「ふーん、そんなものか……」 と思っていました。その意味を追体験できるのがこの本。読んで良かった。お勧めです。




追記。
短篇集「まどろみ消去」に「キシマ先生の静かな生活」 があるのを知った。うっわ、全然覚えてないわ。そして四季シリーズ以前は図書館で借りて読んでたので、手元にないという罠。くっ・・・!


追々記。
帰りに本屋でさらっと読んだけど、どうも「キシマ先生〜」 から加筆しまくって単行本にしたのが「喜嶋先生〜」 だったみたい。道理で「学問に王道なし」 みたいなフレーズに聞き覚えがあったんだ。上の言葉も、MLAで読んだんじゃなくてまどろみ消去を読んだ記憶かも。
ちなみに「喜嶋先生〜」→「キシマ先生〜」 という順に読むと、後者がエピソード抜けすぎてて全く面白くない。順番を逆に読んだら、「喜嶋先生〜」 が面白くなくなるんじゃないかな。ネタバレ的な意味で。